| パンツ・ナイマンの「愛情の裏返し」 |
| リングス解散のニュースを知った12月27日の木曜日のちょうど2週間後の夜。 職場のインターネットで、そのニュースを知った。 田村?シウバ戦決定。もうそこからは仕事どころでは無かった。 前回のコラムで書いた事を全て撤回したくなった。 「それでこそ田村だ!」 手のひら返しとは正にこの事(笑)。 でも最高の手のひら返しをしたのは田村自身だ。 本当に諦めずに追い続けてきて良かったと思った。 これは、ヤマノリの様な場当たり的な決定ではないだろう。 (彼を批判するわけではないが) ヘンゾ戦やパトスミ戦と同じだ。 これは「勝算のある博打」なんだと思う。少なくとも彼の中では。 田村はそういう男だ。 そして田村が描いた勝算とは何か。おそらくパンチと左ミドルだろう。 ミレティッチ戦のように、左ミドルで距離を取り、 不用意にパンチを受ける癖のあるシウバに カウンターを打ち込む。 それが作戦じゃないかと読む。 それでシウバの、あの突進力をさばけるかは、 はっきり言ってわからない。 田村は桜庭ほど瞬間の極めの力は強くない。 打撃でイニシアチブを取り、なんとかグラウンドで 上を取りダメージを与える。 田村が描く形に試合が運ぶ可能性は、 それほど高いとは言えないかもしれない。 でもいい。全然いいのだ。 田村が第一線に再び身を投じてきたのだから、 それだけでもう全然乗れる。 少なくとも真撃のプロデューサーなんかより3億倍良い。 真撃やDEEPとかに、乗っていかなかった事は、 義理は(かなり)欠いていたかもしれないが、全く正しい。 他人の描いた絵に、安易に収まろうとしない。 田村は新たな物語を自分の手で切り開こうと、 また一歩踏み出したのだ。 そして、その物語とは何か。 少し冷静に考えてみる。 今回の田村のアクションは、リングス解散というニュースが覆った暗雲を切り裂いた。 偶然では無く、これは田村の意図したものだと僕は思う。 リングスファンの沈滞した気分を一筆で塗り替えて、 田村否定派までも(おそらく)、田村に乗れる気分を作り出した。 大ざっぱに言えば、 それは「マイナーな側を代表して、メジャーに立ち向かう」構図なんだと思う。 桜庭が沈み、リングスが休止して、 プライドの一人勝ちに、なんとなく閉塞感が高まりつつある2002年の1月、 この時にしかありえないアングルを描いて見せる。 田村が会見で語った「タイミング」という言葉は、 決して場当たり的な意味ではなかったのだ。 敏感に「タイミング」を嗅ぎ取る時代感覚。それが田村の本質なのだと思う。 新日にUインターが飲み込まれた時のパトスミ戦。 グレイシー全盛時のヘンゾ戦も全く同じ構図だった事を思い出す。 そういう意味では、田村は常に一流のプロレスラーなのだ。 ある意味で前田日明以上の。 そう考えると、田村がヒクソン戦には結構意欲的だった事や 近藤の行き当たりばったりな対戦要求に苛立っていた事も、わかるような気がする。 そしてKOK時代のリングスから離脱しなければならなかった理由も。 たぶん田村がやろうとしてきた事は、小川が失敗したスタンスなのだろう。 団体になど初めからとらわれておらず、 一人のファイターとしてのストーリーを、自分を主体にした形でいかに描いていくか。 それだけにこだわり続けていくのが、ファイターとしての田村の生き方なのだ。 (田村が嫌われるのは当然かもしれない) おそらく僕らが見誤ったのは、 「UWFへのこだわり」というストーリーのみで、 田村の行動を読み解こうとしてきたからなのだと思う。 『UWFのこだわりから旧プロレスを拒否し、 前田リングスを選び、そしてVTを避けてきた』 それが僕らの田村理解だった。 混乱したのは、その論理ではリングス離脱以降の行動を説明できなかったからだ。 UWFの理念を現代に実現させようとする事と VTを否定する事やKOKのリングスから離れる事は あまり整合性が無いように見えた。 そして今回のプライド参戦。 田村は「UWFで13年間やってきた事を確認したい」とは言っているが、 それだけでは、正直説得力に欠ける。 だけど僕らはそんな事気にせずに、今度のプライドでは田村に乗れる。 つまり、どうだって良かったのだ。乱暴に言えば。 田村にとっても、UWFに殉ずる事は最も重要な目的ではないのだと思う。 田村が伝えたいメッセージはもっと単純なものなのではないかと思うのだ。 ![]() 「ただ、PRIDEに関しては、 僕は<田村潔司とPRIDEという組織との闘い>だと思っているんで」 (格闘技通信2月23日号) 思い起こす。 あの頃の新日やグレイシーは何を象徴していたのか。 そして、田村が言う<PRIDEに対する闘い>とは何か。 手垢にまみれた言葉で言えば「勝ち組」。 そこに徒手空拳で立ち向かっていこうとする姿に、僕らは何かを感じたのだと思う。 何か大きな波が、全てを飲み込んで行こうとする時に、 たった一人でも流れに棹をさす事ができるのかどうか。 それは格闘技の世界だけのテーマではない。 藤波辰巳に憧れてプロレスラーを目指したという田村。 おそらく、幼い田村にとってのプロレスとは 「小さい者が大きな者を倒す感動」だったのではないか。 そして恐らく田村は、プロレスの最もシンプルなアングルを、 あの馬鹿みたいにでかいプライドの器の中で、ただ一人で描こうとしているのだ。 本当にすごい男だ。 さいたまアリーナの花道を入場してくる田村を想像する。 あのデタラメに派手な演出の中を、 世界の正義を一人で背負ったような顔をして歩いてくる田村を想像する。 フジテレビの最悪な実況の中、 下らないキャッチフレーズとベタベタなストーリー付けの中を、 あの変な顔をした男が歩いてくるんだぜ。 だけど、田村は決してあの世界に取り込まれる事は無いだろう。 ![]() 入場は手拍子の「FLAME OF MIND」か。もう一度UWFのテーマなのか。 どっちもあるだろう。 リングスのジャージを着てくるかもしれないし、 懲りずにレガースを付けてくるかもしれない。 もちろん小太刀に祈りは捧げるだろう。 そしてリングに入ったら、 いつものように自己陶酔な「四方に礼」をして、 いつものようにシウバにガンを付けるんだろう。 全ては「田村の時間」だ。 誰に頼まれたわけでもないのに、勝手にUWFを受け継ぐと宣言して、 時代遅れな発言を繰り返した田村。 桜庭に笑われても、ヤマケンに噛みつかれても、金原に嫌みを言われても 自分が信じた物語をただ一人で背負って、全く気にしなかった偏屈男。 「他人の描いた物語になんか、誰が乗るものか」 ![]() 誰かをプロデュースするのでもなく、 誰かにプロデュースされるのでもなく 自分の物語を自分で選んで生きるという事。 田村は、今考える限り最大のリスクを背負って 「田村という生き方」を世に問おうとしているのだ。 勝てば全ては肯定され、 負ければ全てを失うのだろう。 僕は30歳の男子として、 この32歳の男子の、全存在を賭けたメッセージを受け止めたいと思う。 http://member.nifty.ne.jp/TATSUYA/ |