インタビュー集1

JOHN OLAV EINEMO INTERVIEW 1
ヤン・オラフ・エイネモ(某格闘雑誌では、「ユノラフ・エイネモ」と紹介されていた)は、未知のスカンジナビアンファイターである。柔術を学んで現在青帯。そして総合の試合にも北欧を始めとして、オランダでの大会にも出場し始めている強豪中の強豪である。
また、今年の11月4日(日)に行われたオランダ修斗の大会では、オラフ・イン・ネット・ベルトに対して打撃でも互角以上に渡り合い、最後はサブミッションで相手を下し、見事オランダ修斗初参戦にして、メインの大役を完全勝利で飾った。この試合には会場に、カステルとオーフレイム兄弟が来場しており、リングサイドで観戦していたが、特にエイネモ選手の戦いっぷりには、固唾を飲んで見守っており、非常な感銘を受けていたとも伝えられている。

インタビューはタイロンさんのご厚意により、MAN−MAGAZINEからのもの使用させて頂きました。和訳はオリゴンさんです。(収録日2001/11/27)

 私を覆う巨大な影…。目の前にそびえ立つノルウェーの巨人、その名をジョン・オラフ・エイネモと言う。私はこの未知のスカンジナビア人の比較的親しみのある顔を見て、温和で均衡を保った温かみのある個性をその目から感じ取っていた。我々は極北に住む純血のスポーツマンであるをあなたに紹介したいと思う。
------: ヤン・オラフ、あなたのトレーニングスケジュールは?
エイネモ: 現在は、1日に3時間の練習が2回、全体で週に6日間トレーニングしてるよ。
月曜にはブラジリアン柔術のトレーニング。
火曜にはAM7:00にトレーニングはスタートし、パンチやキックのテクニックを磨いている。私のトレーナーであるKjetl Vigreは午前中に仕事があるので、私たちのトレーニングも早い時間に始まるんだ。もう一人のトレーナーであるリカード・ブリューヌスと私は、スカンジナビアで6つのBJJアカデミーを運営している。レスリングのトレーニングをすることもあるよ。
水曜日の午前中には、つねに私を水泳プールで見つけることができるよ。その後に、再びパンチとキックのテクニックをトレーニングするのさ。
木曜はフリー・トレーニングの日で、大抵はスパーリングを沢山することにしている。
金曜と土曜にはまた柔術のトレーニングをしているよ。
------:
あなたの背の高さはあなたにとって妨害になりますか? 多くの対戦者があなたの足に潜りこもうと試みるのではないですか?
エイネモ: そうは思わないな。長いリーチは私にとって長所になりえるからね。そしてもし、グラウンドになっても、体力には自信があしね。そのことは今年の4月にアブダビでグレイシー一族の一人と対戦した事で、よく分かったよ。
------: あなたは現在、スタンディング・ファイトの激しいトレーニングを行っています。グラウンドファイトでは、実際打撃が無いルールのところもありますが…
エイネモ: それらは全く異なるゲームなので、少し調整しなければならないね。私は近距離で戦う事が好きだから、相手にクリンチし、グラウンドに引き込む。だが、今では全てのポジションを変えなければならない。今後レスラーと戦う際のアプローチには、より多くの注意を払わなければならないだろうね。私が”ビッグ”ガイと戦うには、おそらく1年、あるいは2年はかかるんじゃないかな。でも、スタンド・ファイトがあれば自分を防衛する準備はもう十分にできてるよ。
------: あなたはセーム・シュルトやギルバート・アイブルらとトレーニングしましたね。どのくらいの期間、あなたはオランダでトレーニングしましたか?
エイネモ:
素晴らしい1週間だった。そして彼らから素晴らしい技術を数多く学んだよ。彼らと練習できた事は私にとって名誉な事だった。彼らは私にフリーファイティングにおける全く異なる観点を示してくれた。信じられないほどハイレベルなオランダのファイターによって示されたんだよ。オランダのファイターを過小評価しないこと、それは彼らと試合をすることによって簡単に理解できるだろう。
ただ、私は言わねばならないのは、オランダのフリー・ファイトのルールは好きじゃないってこと。あれはリアルなフリーファイトじゃないよ。投げ技とグラウンドテクニックを要求されるキックボクシングと分類した方がいい。私が個人的に好きなのはグラウンド・ファイトで顔面にパンチ、ヒジ、頭突きのコンビネーションを打ち込む事…つまり真剣勝負だからね!
------: 今年はブラジルで何をしましたか?
エイネモ: ブラジリアン柔術のトレーニングをブラジル人トレーナーとたくさんやったよ。それからリオデジャネイロで行われた柔術世界選手権に出場して、青帯の部で世界チャンピオンになった。自分のウェイトのスペルペサード級とアブソリュート級の2つの階級のトーナメントに参加したよ。スペルペサード級では1回戦で2つのロストポイントを奪われ負けて、チャンピオンシップへのチャンスを逃してしまった。でも、私は目立ったパフォーマンスを示した為に、リオデジャネイロでイパネマ柔術クラブを主宰しているマルセーロ・サンチアゴ師範から紫帯を得る事ができた。
------: 無論、マン・マガジンはこの巨大なスカンジナビアンに対してギルバート・アイブルがどういう印象を持ったかを聞いた…

アイブル「彼は非常にリラックスした男だよ。まだまだ学ばねばならないことは沢山あるけど。ヤツは怪物だよ!それは俺が保証する!彼は、スタンドではそれほど強くはないけど、すでに俺達から2,3の物事を学んだ。もし彼が自分の利点であるリーチの長さを上手く使えたら、対戦相手はきちんと対策を立てて挑まなくてはならなくなるだろうね。個人的には・・・オレは彼と戦いたくはないな。オレたち2人は有益な出会いをしたからね。すでに彼がセーム・シュルトとグラウンドで対戦したと聞いて、シュルトと対戦する際に彼の経験が参考になったよ。」 

彼はあなたとは戦いたくはないそうですが?
エイネモ: とんでもないよ!!彼はベテランだからね!!彼と戦う必要があるならそうするけど、他の方法も…





JOHN OLAV EINEMO INTERVIEW 2
前後しますが、こちらは、アダダビで戦う直前のエイネモ選手のインタビュー。
2001年のアブダビでは、カカレコやアローナには負けたものの、ヒーガン・マチャドやホーウス・グレイシーを撃破して、初参戦にして、大会4位に食い込んだ将来有望な格闘家である。
アローナに負けたとはいえ、その戦いは非常にインプレッシヴで、ホイラーをして、「
特にヒカルド・アローナとファイトしたエイネモというビッグ・ガイはとてもタフなファイターで、とてもテクニカルだったよ。そのうち彼は良くなって、厳しい存在になるだろうね」と言わしめた程。実際の試合でも、技術的な面でも、軽量級とほぼ同じような素早い動きができるだけでなく、スタミナも脅威のものをもっており、ヒーガン・マチャドは彼との激闘を終えたあと、酸欠で倒れたという。

インタビューはSFUKからのものです。
和訳はガムザトキノフ。
(収録日2001/4/21)
リカルド・アンダーションとの練習中の合間に、ヤン・オラフ・エイネモにインタビューを行いました。
------:

あなたにとってアブダビは初めてですか?

エイネモ: イエス。我々はオスロからアムステルダムまでフライトして、今朝ここに到着してから、8時間半待たなきゃいけなかったんだよ。
------: あなたはどのようにして、最後の16人の中に残ったんですか?
エイネモ: Marko Leisten が私のビデオを持って行って推薦してくれたんだよ。それで招待されたのさ。
------: あなたが参加した最後のトーナメントは何でしたか?
エイネモ: それは12月2日にFinnfight と呼ばれるフィンランドの NHB イベントだね。そこでも勝てたよ。その前は、スウェーデンのゴーセンブルグで行われたBad Boy Cupにエントリーしたんだけど、僕のヘビー級のディビジョンには、僕以外にたった2人の選手しかいなかったんだ。彼らの1人は私のアカデミーの選手だったしね。だからそれは、僕にとっては大人数のトーナメントだったとは言えないね。
------: あなたは階級は何キロになるんですか?。
エイネモ: 98s以下のディビジョンだね。さっきトーナメント表を見たけど、僕の相手は、あのヒーガン・マチャドみたいだね。
------: Wow(笑)。
エイネモ: これは本当に楽しみだよ。
------: このトーナメントの準備に、あなたは誰と一緒にトレーニングしましたか?
エイネモ: 主に、オスロのBJJアカデミーの連中とだね。あとは、ノルウェーのレスリング・アカデミーから若干のレスラーが僕たちのアカデミーには来ているから、その選手達と練習した。僕のインストラクターはリカード・ボリューニュスと言うんだ。彼ともずっと一緒にトレーニングしてきたよ。
------: スーパーファイトはどっちが勝つと思いますか?(※2001年のスーパーファイトはスペーヒー対ケアー)
エイネモ: スペーヒーに勝ってほしいね。
------: アブダビの後には何がありますか?
エイネモ: 次のイベントは再びフィンランドでNHBの試合があるだろうね。5月の終わりに計画されてたんだけど、結局8月になるか、また別の月になるだろうね。
------: 今回の参戦が、あなたのプロフィールをワールド・ステージのレベルに高めると思いますか?
エイネモ: そうなって欲しいね。 ノルウェーは非常に遠く、ここに多くの選手が来れていない。しかし我々はハードなトレーニングをしていて、良いレベルに達している選手が多くいるんだよ。僕もジム以外でも6カ月間、このアブダビに備えてトレーニングして来た。また2カ月間1日に2回をコンディション調整に備えるために毎朝自転車に乗って走ったり、ストレッチをしたよ。
------: あなたはジャケットの方が好きですか?
エイネモ: ジャケットを着ている方が、よりテクニカルだし、レスリングの動きも沢山見せられる。さらに、パワーゲームと共に、サブミッションの攻防も沢山出来るから、ジャケットがある方が好きだね。
------: いつあなたは訓練を始めましたか?
エイネモ: 10歳になたときから2年間レスリングを経験したよ。そして同様に標準的なスポーツ・・・ホッケーやフットボールをやっていたよ。それで、だいたい1999年に柔術に戻ってきて、現在は青帯まで行ったよ。 リカード・ボリューニュスはノルウェーでは最高位の紫帯なんだ。
------: ファンに何か一言ありますか?
エイネモ: 我々はハードにトレーニングして、必ず強くなって成長するから、もう少し時間を下さい。そうすれば人々が襟を正してこちらに注目するようなファイターになるから。約束するよ!
------: 今日はどうもありがとう。ジョン。





RIKARD ANDERSON INTERVIEW
リカルド・アンダーションは、エイネモとともに、北欧のNHB界をリードするベテランファイターである。
戦績は以下の通り
フィンファイト1トーナメント優勝
「Fighter Submission Wrestling Tournament」-90 kg級優勝
「SUBMISSIONWRESTLINGFINNISHOPEN」-91kg級優勝(2001/8/25)、

2001年のアブダビでは、
一回戦 小幡邦彦(日本/アマレス175cm/85kg)に0:34腕十字で勝利。
二回戦 サウロ・ヒベイロにポイント0-6で敗退した。
では、エイネモインタビュー2と同じ時に行われたリカルド・アンダーションのインタビューをお送りしよう。
ソースはSFUK
(収録日2001/4/21)。和訳はガムザトキノフ
------: いつあなたは到着しましたか?
リカルド: 今朝、早くにスウェーデンから着いたんだ。ただ、良かった事は、時差ボケを感じていないことだね。
------: どうやって、アブダビ行きを手に入れたんですか?
リカルド: ヤン・オラフ・エイネモと同じ方法でだよ。私も Marko Leisten を知っているから、彼と接触して、ビデオテープを送ったりして、ここに来るために、できる限りの努力をしたんだよ。
------: 現実にあなたがここにいる、ということはどんな気分ですか?
リカルド: 私は非常に幸運な男だよ。ここにいるすべての有名な格闘家に対するという事は、とても幸運なことであり、名誉あることだと思う。
------: あなたはこのトーナメントのために、誰と一緒にトレーニングをしましたか?
リカルド: 私はしばらくブラジルにいて、そして私の先生であるムリーロ・ブスタマンチと一緒にトレーニングしたよ。そして私はストックホルム、スウェーデンにアカデミーを持っているんだが、そこで私の生徒たちとも一緒にトレーニングしたよ。
------: あなたの階級は何ですか?
リカルド: -87kg級だよ。最初はサブミッションを知っているグッド・フリースタイル・レスラーの日本人と戦うんだ。だから、今日はうまくやらなきゃいけないね。私は今まで、ストックホルムでのサブミッション・レスリングと同様に、フィンランドとオランダでのNHBに参加していたんだ。最後の試合はアイアンマンUKだったよ。
------: はい。覚えていますよ。Alliance Alionteから来たビッグガイと試合したやつだよね?
リカルド: その通り。そいつはアイルランドから来た男で(トーマス・ラモント)、フランク・シャムロックのイベントでチョークで落としてやったよ。ヤツはテイクダウンしに来て、前に叩きおとされ、立てなかったから、彼のバックに回ったんだ。ショーは大変上手くいき、私の生徒であるマーカス・ウィデングレン-85kg級に参加させるようにしたが、彼はAugust Wallenからのベストファイターをぶちのめしたんだ。だから、すごく嬉しいよ。
------: アブダビの後に、何か計画がありますか?
リカルド: 計画は沢山あるよ。だけど、このあとの最初の仕事は、私の妻が5月の終わりに2番目の子供を産むので、その世話をすることだよ(笑)。それがうまくいって落ち着いたら、また必ず試合をしたいね。
------: 時間を割いてくれてありがとう、リカルド。
リカルド: こちらこそ。

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